スピード・リオン(花にまつわる陰徳の記録)
スピード・リオンというスポーツカーのような名前を持った花がある。
花の少ない8月下旬から咲き始め、花持ちの良いところから仏花や切り花として人気があり、花屋の店頭でよく見掛けるが、ある人から「なんでこんな奇抜な名前がついたのでしょう」と言われて調べてみた。北アメリカ原産のこの花は、現地では「亀」または」「蛇」の頭に似ると言うので「タートル・ヘッド」とか「スネーク・ヘッド」と呼ばれ、学名もChelone lyonii=ケロネ・リオニーと命名されている。ケネロ=ギリシャ語の「亀」、リオニー=スコットランドの植物学者に因むというから、同じイメージのネーミングである。我が国では一応「ジャコウソウモドキ」と名付けられているが、「これでは売れない」と判断した園芸業者が、ケロネ属では早咲きの種だから、本来は「アーリー・ケロネ」などと呼ぶべきを、語呂の良い「スピード・リオンで売り出すことにしたらしい。
そんな回答をしたら、「ギリシャ語やラテン語など小難しいことを調べるのは大変でしょう」と同情されたが、今は権威ある図鑑・辞典とインターネット検索を併用すれば訳はない。 特に学名については「植物学名大辞典」を入手してから殆ど苦労なしになったが、お世話になっているこの辞典を巡って、大勢の篤志家とそれを支えた方々の隠れたご支援があったことを知ったので、この際ご披露させていただこう。
元国鉄マンで京都在住のサボテン愛好家万谷幸男氏が、世界の植物の学名を編集すると言う大事業を企てて、独力で資料を収集していたが、1984年、志半ばにして癌で逝去された。その遺志を継いだのが尼崎の松居健二郎氏ほか5名の同志の方々である。 資金をカンパし、手弁当で2万5千語の原稿を推敲するのに苦心惨憺して10年の歳月を費やし、やっと出版に漕ぎ付けたのが1995年だったと言う。この大事業を陰で支えたもう一人の篤志家を忘れてはなるまい。 印刷を担当された西村印刷(株)社長西村春一氏である。この事業の精神的な支援者であり、隠れたスポンサーでもあった同氏は、度重なる原稿の改訂にも嫌な顔一つせず、辛抱をかさねて出版に漕ぎ付けられたと言う。
西村氏とは花の友を介して知り合い、たちまち意気投合して以来、花の探訪や同志がお世話をなさっている城南宮の源氏物語保存会のプロジェクトに参加させていただくなど濃密なお付き合いをさせていただいていたが、この辞典の出版に関わる挿話は、同氏もまた癌で倒れ、夫人から遺品として植物学に関する幾多の資料と共に遺贈を受けて初めて知った、 以来この書は図鑑類と共に座右に置き、片時も離すことのできない一冊として重用させていただいている。
奇しくも、この「スピード・リオン」の学名を検索した9月18日は、同氏の3回忌の命日にあたる。こんな北米の辺境の地味な野草まで検索できる「植物学名大辞典」の有用性と、それを完成させていただいた西村春一氏始め、これに関わっていただいた幾多の方々の陰徳をご報告させていただくため、筆をとった次第である。
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コメント
父、万谷幸男の「植物学名大辞典」を愛用して下さいまして有難う御座います。娘の私としてはとても嬉しく感謝申し上げます。
投稿: 宮川はるの | 2020年10月24日 (土) 01時51分