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2006年8月28日 (月)

トチノキ(山の民を潤し続けた木)

Asyu 気温37℃の大阪を離れて、久しぶりに芦生の森の京大演習林を訪ねた。森への入り口の気温は24℃、トロッコ道に入ると、そこはまるで別天地で、深い谷筋を爽やかな風が吹き抜け、由良川源流の水音とミンミンゼミの鳴声が涼感を添えてくれる。

奥へ進むと、クリの若い毬(いが)が落ち、巨大なトチノキやオニグルミの鬱蒼と繁った葉の間からたわわに実った青い実が覗き、実りの秋が近いことを知らせてくれた。

クリ・クルミ・ブナ・ナラ・トチノキなどの広葉樹は縄文時代から、山の民の生活を潤し続けてきたが、なかでもトチノキは切られることなく大事に残されて、谷筋などに巨木となって残っていることが多い。

照葉樹林帯文化論で有名な中尾佐助博士が、後日縄文時代初期から延々と続く広葉樹林帯文化論を提唱されたが、その発想は、この広大な芦生の森を逍遥しつつ得られたのではなかろうか・・・、など勝手な想像を逞しゅうしながら、豊かな森で、晩夏の一日を楽しんだ。

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2006年8月23日 (水)

カクレミノ(池波正太郎の剣客商売「隠れ蓑」)

Kakuremino_1 池波正太郎の剣客商売シリーズに「隠れ蓑」という短編がある。

ストーリー・テラー池波正太郎の面目が躍如といった感じの佳作で、諸国をさすらう盲目の剣士と老僧が、実は仇同士で、打つ側の剣士が打たれる側の老僧の介護を受けつつ、28年の長きに亘って道行を続けるという、人知を超えた不思議な絆と人の世の哀歓を描く。

仇と名乗らぬまま、老僧が剣士の死を見送るラスト・シーンで、荒れ放題の古寺の前庭に1本のカクレミノの木が淡黄色の小さな花を咲かせている。 これを見つけた秋山小兵衛が、倅の大治郎に呟く、

「ほう、かくれ蓑が花をつけたか」、「かくれ蓑…?」                       Kakuremino_2

「あの木のことよ、人はそう呼んでいる」、「ははぁ」

「あの花が咲くと、間もなく暑い夏がやってくるのじゃ」

カクレミノは不思議な植物で、芽生えの頃は円い葉をつけるが、成長するにつれて葉が5裂・3裂・2裂し、花を咲かせる頃になると上部の葉はまた円くなり、下部の葉は2~5裂のままなので、「グー・チョキ・パーの木」とも呼ばれる。一部の学者によれば、日照と深い関係があり、相対照度が30%以上では日の光を確保するため葉は円くなり、30%以下では資源を節約して葉の面積を減らす目的で葉が裂けるのだと言うから、実に「せこい」木なのである。

今年も暑いさなかにカクレミノの花が咲いた。

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2006年8月17日 (木)

アサガオ(童心にかえって花の数を数える)

Asagao_2 他愛ないことだが、朝起きて朝刊を取りに行くときに、その日咲いたアサガオの花の数を数えて、家内に報告するのが数年来の習慣になっている。

T種苗から取り寄せた「紅千鳥」と言う紅色に僅かに白の覆輪が入る小輪多花の品種なので、毎朝驚くほど沢山の花をつける。

20~30個ならば、どう言うこともないが、7月上旬のように68個・74個・72個となると大変で、何遍も数え直して、やっと個数を確定することになる。 お盆のころから勢いが衰えたのか、このところ、50Asagao_4 個前後に落ち着いている。

アサガオといえば、日本が世界に誇る「花の芸術作品」で、江戸時代の享和(1803年)~安政(1860年)に2度に亘る大ブームがあって現在の花色・花の形・葉の芸など基本形が殆ど出揃ったが、中でも注目されるのが「獅子咲き」に代表される代わり咲き品種で、雄しべ・雌しべは花弁化して種子ができないのに、毎年種子を播いて同じ花を咲かせたことである。 

江戸の達人は、遺伝の法則に近いものを体験的に知っており、特定の品種を交配して、一定の割合で劣性形質の異形を生みだしていたのである。

メンデルの法則が発見されたのが1,900年であることから見ても、江戸の好事家のレベルの高さは世界の園芸界で突出していたことになる。 しかし、大方が個人の秘伝としてオープン化しなかったため、経験則が共有化されることなく、作出された品種は明治維新のどさくさの中で、殆ど失われてしまったと言う。

「槿花」ならぬ「朝顔一朝の夢」と言うべきだろうか。

                                

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2006年8月16日 (水)

モミジアオイ(幼い日の思い出)

Momijiaoi 昭和12年頃、H市郊外の生家にモミジアオイが植えられていて、真夏に真っ赤な花を咲かせていた。祖父が「コウショッキだよ」と自慢げに教えてくれたが、それが「紅蜀葵(モミジアオイの別名)で、北アメリカ原産の当時としては超モダンな花だと知ったのは、ずいぶん後のことである。生家を離れて10年後、祖父の納骨の日に、その家を訪ねて、庭の同じ場所に、同じように咲いてのを見たときの驚きと感激を未だに忘れることができない。

モミジアオイはハイビスカス属の多年草(宿根草)で、毎年地上部はかれるが、地下茎が生き残り、春になると芽を出し、草丈が2mに達する7~8月頃に花を咲かせるが、いったい何年くらい生き続けるのだろうか。文献などを漁って見ても、多年草の寿命に触れたものは皆無といって差し支えない。

真夏の太陽を一杯に浴びて咲く、直径15~20cmの豪華な花が、朝に開いて、夕べに凋む1日花というのも、なんとなくアンバランスな感じがする。

お盆にこの花を見て、幼い日のことや、終戦の直前・直後のほとんど同じ時期に、祖父母と父親を失ったことなどが思い出された。

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