タカサゴユリ(子孫繁栄のための「ニッチ戦略」)
経済界では、新規市場へ進出する手法の一つに「ニッチ戦略」があり、日本の中小企業の多くがこの戦略をとって今日の繁栄を築いたが、帰化植物のタカサゴユリも、同じ戦略で、わが国に進出し、分布を広げることに成功した典型的な植物である。
タカサゴユリが台湾から渡来したのは、大正12年といわれているが、ながい雌伏期を経たのち、「神武景気」と歩調を合わせるようにして、一挙に勢力を拡大した。その時にとった戦略が「ニッチ戦略」であり、進出した場所が、植物にとってはニッチな宅地や工場用地の石垣であり、高速道路のロード・サイドであった。 元来タカサゴユリは、
① 他のユリが、花を咲かせるまでに数年まやは十数年掛かるのに、タカサゴユリは発芽して1年で開花するなど、世代の交代が早く、繁殖力も旺盛な種である。
② 乾燥と貧栄養の劣悪な環境に極めて強く、石垣やコンクリートの割れ目にも根を下ろして、生き続ける。 本来、長い茎の先端に花をつけるユリ類はは草刈に弱い。草刈機が入らない石垣や高速道路の両サイドなどはタカサゴユリにとって生育適地なのである。
③ タカサゴユリは自家受粉で大量の種子を作り、風に乗せて広い範囲に散布する。ユリの類は、綺麗な花を咲かせることが仇となって、人に採掘されて衰退しているが、タカサゴユリは一挙に沢山の花を咲かせることで、希少価値を解消して盗掘を免れている。
一見意思を持たないように見えるタカサゴユリが、「ニッチ戦略」で繁栄のための拠点を確保し、「大量生産システム」を駆使して、テリトリーを一挙に広げるその英知に、頭の下がる思いがする。
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